告白は31のキザハシで 続き#5

「ここなの」
 たれ目の少女が足を止めた。
 どうやら目的地についたらしい。彼が呼び出されたのは小鷺塔の一階だ。
 この時点で藤丸は学校の施設すべてを把握していた訳ではなかったが、ここは比較的段差の緩いスロープ群のある施設であるのは間違いない。階段が名物なこの学園においてバリアフリーなのはここしかないからだ。
「もう少しでくると思うからちょっとだけ待っててね」
「誰か来るの? えーっと……」
「ひな……雪祭ゆきまつり雛璃ひなりよ。とっても優しくて可愛い娘なの」
 たれ目の少女が補足する。
「ちっちゃいところがすっごく可愛いの。ふわふわっと波打つ長い髪に吸い込まれるような瞳。もうお人形さんみたいに素敵なの」
 夢見がちだった少女が現実に帰ってきて釘をさす。
「とっても繊細だから不用意な発言はダメよ。ちゃんとデリカシーをもって紳士的に接してあげてね」
 藤丸は目の前に突きつけられた少女の人差し指にたじろぎつつも、貝のように開かなかった口がこのタイミングでようやく開けた。
「ところで説明がないんだけど。ぼくとしても事情がまったく飲み込めないから説明して欲しい」
 藤丸はようやく訊きたかったことを口に出せる。
「ねえ。ぼくは君が誰かすらもわかってないんだ」
「一年三組出席番号三十九番、屋代やしろ琴琶ことは
 彼女は不機嫌そうに続ける。
「隣の席なのに覚えてくれてないってことは可愛いって思われていないってことね。ひょっとして雨宮くんのそのメガネくもってない? ああ悲しいわ」
「棒読みなんですけど? 感情こもってませんやん」
「まあそれはそれでいいわ。別に今回のことに関係ないし」
「教室で付きあってほしいって言われたような気がするんですけど」
「うん。言ったよ。付きあって欲しいの」
「誰が誰と?」
「あーひょっとして誤解してる? そういう意味じゃないの」
 琴琶はあーそういうふうに取られるかとつぶやいて、
「ごめんなさい。私の言い方が悪かったです。あの雨宮くん。この塔はどんな塔かわかりますか?」
 となぜか急に敬語になる。藤丸は戸惑いながらも、
「特別教室とかその生徒用の施設があるところだよね?」と答える。
 琴琶は満足そうにうなずく。
「そうなの。私おさななじみの娘と一緒に今年ここに入学したんだけど」
「さっき言ってた子?」
「うん。そう。一緒に入学したのにさ。ひなは特別教室に編入されたの」
 藤丸は特別教室と聞いて面倒なことになりそうな予感がした。小学校にも特別教室があったが彼自身の記憶をたどると苦労したことしか思い浮かばない。
「あー変なこと考えてたでしょ?」
 琴琶はちょっと怒り気味なのだが、たれ目のせいであまり迫力がない。
「ひなはそんなんじゃないのっ!」
「変な想像なんかしてないよ」
「嘘。訂正してよ。いますぐに。私の心の中に居る素敵なひなで雨宮くんのイメージを修正してよ」
「だからさ。ぼくは知らないんだってば。そのひなって娘」
 琴琶がおかしな顔をした。しばらく藤丸のメガネを眺めているとごめんねと声をかけたあとすうっと手を伸ばして彼の耳からメガネを取りだす。
「くもってないの?」
「たぶん」
 琴琶はじろじろそれを観察したあと自分の顔にかけてみた。たれ目にアンダーリムは相性がいいらしく、アクセとして琴琶を引き立てている。
 東側の浮き段の数を読んでみたり、西側のスロープの角度を目測してみたり、頭上の天窓越しにまぶしいと文句を言いつつ観測してみたりと通り一遍のことを彼女はしばらく続けていたが、自説が崩れたのか残念そうに琴琶がメガネを藤丸に返した。
 藤丸は藤丸でもっとメガネをかけた琴琶を見ていたかったと残念に思う。
「くもってはない。くもってないのよね……。でも」
 琴琶は首をかたむけて自信なさげにつぶやいた。
「なんとなくちょっと歪んで見えるような気がするの」
「乱視入ってるって眼鏡屋さんに言われたんだよね」
「そうなの? 大変なんだ。それでね」
 彼女が藤丸の肩越しに指さした。
「ひなは変な子じゃないの。こどもの頃にちょっとあって階段を登り降りするのが怖くなっちゃった子なの」
「階段が登り降りできないとかここじゃ致命的すぎるでしょ。どうして……」
 藤丸は戻ってきたメガネがまだきちんとピントがあっていない状態だったなのからか落ち着かずに頭のなかをそのまま声に出す。
「市立中央とか行けばエレベーター完備だし、ほかの中学にはエレベーターはないけど階段は普通でしょ。なんでまたここみたいにへんてこりんな階段ばっかなとこに入学してきたの? どう考えても選択ミスでしょ」
 藤丸が垂れながす言葉によって目の前の琴琶の顔の険しさが増していく。それが絶頂に達するまえに藤丸の背後から女の子女の子した声が聞こえてきた。
「ひなは琴琶ちゃんと一緒の中学に行きたかったんだもん。ただそれだけ」
 小さいけれども凛とした声だった。
 藤丸はおそるおそる振り返ってみる。
「ひなは選択ミスなんかしてないもん」
 身長はおそらく百四十センチくらいだろう。小柄な少女だった。ウェーブのかかった長い黒髪が濃紺のブレザーの制服にからみつき、背中には学校指定のスクールバッグをかついでいる。
 つぶらな瞳がまっすぐに藤丸を見つめた。
 藤丸は確信する。
 昨日の出来事は妄想でも幻想でもなく確固とした現実であったと。
 昨日追いかけた少女と目の前の少女は同一人物であると。
 そしてSNSのマスコットキャラであるキユがネットから抜け出してきたのではないかと見間違うくらいにそっくりであった。

2019年9月21日書きかけ

Posted by hokuto