進化と次元と禁忌犯しゃ82・6%賭け 【第五章】天水訟と調停を引き受ける人形(4)

「トリ姉、もうちょい左。ストップ。回頭の調整はこっちでします」
 トウヒは有線コントロールケーブルでキュウニィの角度を調整した。これで階段の狭くなったところも無理なく通過できるだろう。トウヒが合図すると、トリノの手にある遠隔操作用のリモートコントローラが、キュウニィをどこにもぶつけずに二階へと移動させた。
「これ、コンピュータゲームのコントローラとほとんど一緒だね」
「お姉、お見事。ゲームは下手だけど、これは上手くいったじゃん」
「ケイジロウは一言余計」トリノは弟を一喝した。「二階もテレビスタジオみたいね。さてクイズの次は何かしら」
 天水訟の二階もほぼ一階と同様にスタジオ風景として四次元コーティングされており、それをおそらくはユウのちからで補強しているのだろう。スタジオライトが照らす光は階段周りで歪に偏向しているし、ところどころ空気の密度もおかしい。次元が意図的に歪められている証拠だ。
 思案を巡らしていたらしいトウヒが、トリノの問いからしばらく経ってから、時間差で彼女に答える。
「ひょっとしたらテレビゲームかも知れないよね。第二ステージ。トリ姉の弱点をついてくるには有効な戦法なんじゃないかなあって思う。でもね」トウヒは少し離れたところで、楽しくおしゃべりしていたかと思えば突如ケンカしてみたりを不定期に繰り返すトバコとカバコに視線を送る。「実際にプレイしてるところを見たわけじゃないんだけどさ。トバコさんはアクションとかシューティング系は苦手なはず。確かそんな話をしてたから。そう考えたら違うかなとも思うし」
「お姉よりゲーム下手とかありえないっしょ」
「ケイジロウひどいよっ」
「いや、だってお姉はどんなゲームでも一面突破できないし」
「あーあー聞こえない」
「でもケイジロウ。トバコさんも相当なもんだと思うよ。あくまでも想像の域を出ないけどさ。日頃の様子見てたら、そんな感じの娘だよ」
「そうなんすか? まあ確かにあの服装見ると、常人では絶対ないと言い切れますけどね」
 ケイジロウはトウヒからその理由を聞いていたが、トバコのスキーウェア姿は自分の尺度では計測不能で信じがたく、とても理解できないものであった。まあ小学六年生に冷え性のつらさがわかるはずもなし。ケイジロウは、それにしてもお姉よりひどいとかはもう三次元人レベルとしか考えられないっす、と失言して姉に説教を食らっていた。

「みなさん、ご準備はよろしいでしょうか?」
 ユウの虚像はいつのまにか衣装替えをしていた。先ほどまでのフリルまみれのステージ衣装から、黒の執事服になっている。それに伴い、一階でのアイドル口調から、執事風の喋り方に切りかえられていた。落ちついた雰囲気の中に精悍さと可憐さを同居させられるのは、古今東西この人だけであろう。きゃぴきゃぴのアイドル衣装良し、シックな執事服良しと中性アイドルの称号は伊達ではなかった。
「ねえ、トウくん」トリノが隣に居るトウヒに聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、想いを伝える。「私は内地での都市伝説を結構本気で信じたりしてるんだ。雷山小過の人間なのにおかしいかな? おかしいかもしれないね。でもね。いつも想像してたんだ。シャコちゃんが居ないときにこんなこと言うのもなんだけどね。トウくんとふたりで天水訟に登って永遠のパートナーになりたいなって。今日は私にとってチャンスなの。さっきはああ言ったけど私自身はトウくんと私のふたりが最上階に到達して、調停を引き受ける人形を起動させたいって思ってる。長年の夢だから私、どんな課題でもクリアしてみせる」
 トリノの声が聞こえなかったのか聞こえていたのかはわからないが、トウヒは沈黙し続けている。
 執事服姿のホストがこほんと咳をした。
「それでは第二ステージ始まります。このステージでの脱落者は最低一名で、上限はありません」ユウの虚像は参加者のどよめきを無視して説明し続ける。「ホストのボクと参加者五名が同時に勝負をします。ボクに勝った参加者は勝ち抜け、引き分けた参加者は次の勝負に持ち越し、負けた参加者は脱落です。何回目かの勝負で脱落者が出れば、第二ステージはそこでストップし、引き分けた参加者も第三ステージに進みます。全員勝ち抜けてしまい、脱落者が出なかった場合は最初っからやり直しです」
「肝心の勝負の方法を教えてもらっていないんですけど」
 トウヒが期待もせずに質問する。
「勝負の方法はみなさまご存じと思いまして、説明を省略させて頂きました。それでは第一回参ります」涼しい顔で執事が言う。「勝負の方法はじゃんけんです。はい、最初はグー。じゃんけんっぽん」
 トウヒがあーーっと叫ぶ。慌ててトリノとケイジロウにアイコンタクトを送ろうとしたが、とっさのことで上手くいかずに競技が開始されてしまった。トウヒ自身はユウの虚像が繰り出すじゃんけんのモーションが、ユウユウユウキューブで幾度となく見せつけられた右のほうに半身を思いっきり捻って右手の甲に左手を重ねるパターンBであることを反射的に理解したが、盟友には伝えられず仕舞いで勝負は非情にも成立してしまった。
 トリノの真下の空間に穴が発生し、敗北者が落下していく。
 トウヒは物事を事前に予測し、対応策を立てて行動するタイプだ。予想できたことに対しては無類の勝負強さを誇るのだが、いかんせん予想外の出来事への対処がお粗末過ぎた。
 ホスト役の執事ユウが、冷酷に第二ステージの終了を告げる。トバコとカバコはきゃはきゃは騒いでいる。ケイジロウは姉の居た場所に目を凝らしたまま動かない。
 激しくほぞをかんだトウヒは、歯ぎしりしながらシャコのときと同じように、トリノが落下する瞬間から落ちるまでの時間を計測し始めた。
 双子が今回は楽勝だったねとおしゃべりする中、キツネにつままれたような顔つきのケイジロウがトウヒに声を掛ける。
「まあゲームだし勝ち負けあるもんだから、お姉のことはしかたないんすけどね。今回のはなんかタネあったんすか?」童顔の少年が首を傾げる。「アニキもあのふたりも一発で読み切ったみたいだし」
「ケイジロウは恋愛シミュレーションゲームって知ってる?」
「えっちな奴なら何本かプレイしましたけど。ごく普通の純愛もの中心で、凌辱とかグロとかNTRとかはノーサンキューっす」
「それ年齢的にアウトなんだけど」トウヒが顔をしかめる。「まあそれと似たようなのでユウユウスクエアってのと、ユウユウユウキューブってゲームがあるんだ」
「ひょっとして攻略対象のヒムロユウとラブラブになれるゲームとか? 初耳っす」
「発売前のデバッグ版があってさ。ぼくはトバコさんから借りて船の中でプレイしたんだよね。で、その中にユウさんとじゃんけんするモードがあるんだ」
「あっ、なるほど」ケイジロウがぽんと手を打つ。「じゃんけんをする前のモーションにパターンが三つあって、それを見れば何を出してくるのか、わかってしまうと」
「正解。未プレイのトリ姉とケイジロウを完全に落としにかかってる。ぼくが素早くふたりに向かってグー出してって叫んどけば良かったなあ」
「まあそれはしゃあないっす。でも俺は運が良かったんですね。まあそこはまだうちらトトシャケに勝ち運が残ってることで」
「うん。そうだね。あと二ステージふたりで頑張ろう」
「はい、アニキ」
 トウヒとケイジロウのこのやりとりを、好奇の目を持ったトバコとカバコが見守り続けていたことは言うまでもない。