進化と次元と禁忌犯しゃ82・6%賭け 【第五章】天水訟と調停を引き受ける人形(6)

 こうして茶番が決定しているカラオケ大会が始まった。
 無駄に凝ったステージにビットレートの高いオケ。観客のモブまで四次元映像でこしらえるだとか、ヒムロユウは度し難い演出過剰路線を突っ走っていく。
 ケイジロウはまだ声変わりしていない高い声で、かなり上手に歌った。
 トバコはアイドル志望だけあってかなり歌い込んでいたし、厳しいレッスンも持ち前の根性でくじけず頑張っていたのだが、いかんせん三次元聴力が低いので、音程の取り方が微妙に上手くない。多少音を外すのもアイドルの愛嬌ですです、ときゃはきゃは笑うところは、いっぱしのアイドルっぽくって、モブの受けはたいそう良かった。
 トウヒはひどかった。何が悪いのかをいちいち羅列すると大変なので、一言で要約してみると『歌心が無い』に尽きるだろう。歌とはなんたるものかに一片の理解も示していない。トウヒは歌を聴いて感動したりしないのだろう。このひとの耳には音楽が雑音としてしか入っていないのだろう。そうでなければ説明のつかない、単なる音の羅列が口から発せられていた。まあ実際には違うのだが、そう思われてもしかたがない。それでも必死になってペンライトを振るモブキャラは、さすがと言わざるを得ない。ケイジロウはもちろんのこと、トバコもカバコもトウヒの順番のとき、ずっと耳をふさいでいたのだから。
 トリを務めたカバコは、そのままテレビに出演しても本職と見まごうくらいに板についていた。順番がトウヒの次だったということも多分に彼女を引き立てていたのだろうが、そんな些細なことを凌駕するほどの実力を彼女は有していた。彼女が本気で芸能界を目指すのであれば、一瞬でトップアーティストの仲間入りしそうなレベルである。
 カバコが歌い終わった後、会場は万雷の拍手で包まれた。
 もはや素人ではない。
 なにせその後ゲスト出演する気満々で、自分が歌う楽曲を用意して準備万端だったヒムロユウの四次元映像が、急きょ歌うのを取りやめたくらいなのだから、その実力はまさにプロ裸足である。
 そして投票が始まった。
 会場の空気と流れからいえば、全員がカバコに投票してもおかしくないのだが、トウヒが指摘するようにこれは駆け引きのゲームだ。当然そうはならない。
「俺はこの白い珠をトバコさんに投票します。だからトバコさん、紅い珠をひとつ俺に入れてください」
 ケイジロウはうんうんと首を縦に振っているトバコを確認した後、右手に持っていた白い珠をトトリベトバコと書かれたクリアボックスに入れた。ボックスの表面、透明な部分に3の文字が浮かび上がる。
「ありがとうですです。これはお返しです」
 トバコの紅い珠がケイジロウのボックスに吸い込まれ、先ほど同様3の数字が点灯した。
「ぼくは自分が一番上手だと思ったので、自分に投票します」
 トウヒが不敵な笑みを浮かべてカバコに挑戦的な視線を送る。トウヒと視線が合うたび、ウインクしたり投げキッスをしていたカバコの表情に余裕がない。彼女の悪い予想が的中したからだ。ここまで予定調和で事が運んでいたのに、トウヒがかき回しにかかってきた。そっちがその気なら付き合ってやると意気込んだカバコは、紅い珠を自分に投票する。
「十年に一度の歌姫カバコちゃんは、もちろん自分が一番だと思ってるの」
 そしてトウヒをにらみ返す。挑発を受けた彼はどこ吹く風で、せせら笑っていた。
 トウヒのボックスにも、カバコのボックスにも、1が点く。
「ボクはもちろん、大好きなトウヒくん」
 カエルが鳴くと、左サイドを跳ねていた紅い珠がコントロール良く、トウヒの名が書かれたクリアボックスの上部に空けられた小さな穴に飛び込んだ。1が4になる。
 カバコが最後の珠を自分のボックスに入れようとしたとき、トウヒが邪魔をした。
「ちょっと待ってよ、カバコさん。その珠を自分のところに入れてしまったとして、果たして勝ち残れるのかな? 冷静に考えてみてよ」
 クリアボックスの数字は現在ケイジロウ3、トバコ3、トウヒ4、カバコ1だ。カバコが紅い珠を自分に入れると2になるが、脱落しないためにはあと3点必要だ。誰が入れてくれるのかをカバコは考える。残りは三人。トウヒの白い珠、トバコの紅い珠、ケイジロウの白い珠。勝ち抜くためにはトウヒかケイジロウの協力が必要だった。カバコの手が止まる。
「と言うわけでカバコさんに商談。その珠をケイジロウのところに入れてあげて。その見返りとして、ボクのこの白い珠を必ずカバコさんに入れるから。絶対に約束する。嘘吐かないよ」
 トウヒの顔が天使に見えたのか悪魔に見えたのかは当の本人のカバコにしかわからなかったが、彼女にはトウヒの商談に乗るしか道は残されていなかった。絶対約束ねと力なく呟くと、紅い珠をケイジロウのボックスに入れた。3が6になり、祝福を称えるジングルと共に透明なボックスが七色のグラデーションで彩られる。極彩色に縁取られたミイケダイケイジロウの文字を混濁した頭とうつろな目で眺めていたカバコが、あっと声をもらす。
「しくじった。あーーーーーーーーーーっ。ミスったぁーーーーーーーーーーーーーっ」
 先ほど素晴らしい歌声を披露した同一人物のものとは思えない金切り声が、あたりにこだまする。端正な顔が激しい自責の念で歪む。カバコは己の迂闊さを呪ったが、既に後の祭りである。
「ありがとう。ぼくは約束を違えない。さっきはぼくが一番上手いと思っていたけどさ。冷静に考えたらカバコさんのほうが歌上手いよ。良かった。珠がふたつあってさ。本当に歌が上手なひとに投票できるんだから。はい。カバコさんに投票するね」
 トウヒがひょうひょうとしつつも恭しく、白い珠をカバコのボックスに入れた。表示されていた数字が1から4に変わる。
 この結果、各参加者の点数はケイジロウ6(勝ち抜け)、トバコ3、カバコ4、トウヒ4となった。残る投票はトバコとケイジロウのふたりだけだ。
 ここに至ってトバコは事態を理解した。いつもは思考停止に逃げ込む彼女が踏みとどまったのは、厳しく自己反省をしているカバコの姿が心配になったからであろう。カバコが何をしくじったと言っているのかを、何をそんなに苦しんでいるかを、必死に考えることによって彼女の心境と苦悩の理由を把握した。トバコはケイジロウに向き合う。
「お願いです。あたしの紅い珠をトウヒくんに入れますから、ケイジロウくんの白い珠をあたしに入れてください」
 トバコの必死の願いは受理されなかった。彼女が思考停止することなく、せっかく自分で考えて結論を出したことなのに、これは哀しい。
「ごめん。アニキと話し合ったんだけど、やっぱ信じられねえっす。トバコさんもカバコさんも、ユウさんの指示じゃなくって自分自身のためにこのゲームに参加してるって話がね。俺たちには完全には信じられないんです。いままでのステージではそうだったかも知れないですけど、次の最終ステージではユウさんの命令で俺を脱落させに来るかも知れない。悪い可能性は先に潰して置かなきゃってのがアニキとの相談の結果っす。ここで落とせるものなら、トバコさんかカバコさんのどちらかを落としておこうってのがね」ケイジロウはやるせない顔をする。「こっちもお姉とシャコ姉が脱落させられて、もう後がないもんなんでね。まあトるかトられるかのゲームなんで赦してください」
「62・1%なんだ」トウヒがケイジロウを補足する。「君たちが純粋に自分のロマンスのためだけに、ぼくと天水訟の最上階を目指す展開がね。裏を返せば三割以上は他の要素で動くってことだったからね。悪いとは思ったけど警戒させてもらいました」
 トウヒの言葉にトバコは信用ないなあとかすかに言った。トウヒはごめんと謝っていた。
「それがトウヒくんの選んだ道かあ。なんか哀しいなあ。でもすごいです。目的に向かって突き進んでいく精神が半端ないです。あたしは自分で自分は根性あるほうだと思ってましたけど全然でした。トウヒくん見てたらそう思いました。まだまだですです。あたしってば偉そうにトウヒくんの間違いを正そうとかしてたけど、ちゃんちゃらおかしいよね。どれだけ気味悪がられようが、どれだけひとから嫌われようが、トウヒくんってば自分のしてること全く曲げないんだもん。あたしなんかが変えようとするだなんておこがましかったです。こちらこそすいませんでした。生意気なこと考えてたから罰が当たったのかなあ。でもでもさ。あたしにしてみれば兄妹で愛し合うのって気持ち悪いし、不健全極まりないのです。もう生まれてからの道徳心なので変わりようもないし。ってそれはトウヒくんも一緒なのか。結局平行線はどこまで行っても交わらないもんなんだね」
 トバコがふらふらとカバコの元に歩いていった。そしてカバコちゃんは悪くないよトウヒくんが鬼畜なだけだったんだからあたしの代わりに頑張ってねと声を掛けている。
「なんか後味悪いっすね、アニキ」
「本当に悪趣味なゲームだよ。主催者の神経はまったくもって普通じゃない。平面カニを追い払うのに、このひとの助けは借りたくないのが、もう嘘偽りのない本音」ケイジロウに賛同したトウヒは、カエルの着ぐるみ姿で微笑んでいるユウの虚像を見つめた。「だからユウさんと一緒に調停を引き受ける人形には乗りたくない。そのためにもケイジロウ、ふたりで最終ステージを突破しよう」
「諒解っす、アニキ」
 両陣営共、今後の方針について話し合いが持たれ、結論も出たのだが、実のところ第三ステージの決着自体はまだついていない。カエルの着ぐるみ姿のホスト役が、トバコを促しプレイ再開させる。トバコはカバコに投票し、ケイジロウはトウヒに投票した。
 ここに第三ステージのカラオケ大会が終了した。
 最終結果はケイジロウ6(勝ち抜け)、トバコ3(脱落)、カバコ5(勝ち抜け)、トウヒ5(勝ち抜け)となった。トバコの足下に本日三回目の穴が空き、彼女の姿が消えた。トバコは消える間際にトウヒに向かって何か語りかけていたが、それは言葉にならず、トウヒの心には届かなかった。トウヒは聞いておきたい気もしたし、聞かなくて良かったのかも知れないとも思っていた。そして彼自身このふざけたゲームに順応してしまっていることに嫌気がさしていたはずなのだが、それも正直なところどうなのか判別不能なくらいに神経は麻痺していた。
 時計の針は午後十一時を少し回っている。
 もう夜も相当更けているのだから、早く家に帰って蒲団に入り、ゆっくり寝たいと思うのも当然だろう。でもそれは許されない。あともう少しだとトウヒは自分に言い聞かせて、次の階へと向かうべく階段へと歩みを進めた。