進化と次元と禁忌犯しゃ82・6%賭け 【第五章】天水訟と調停を引き受ける人形(7)

「泣いても笑ってもこれが最終ステージ。さてさて勝ち残るは誰かなあ? 競技は単純明快っ、落とし穴だよー」
 機械声が響き渡る。ユウの姿を模した四次元映像は、今回は人間らしさを表現することをすっぱり諦めていた。声もさることながら、全身金メタリックで象られたそれは、完全無欠の金属人形であった。手を伸ばしたら触れられそうな臨場感はそのままに、各種照明の光をぎらぎらと反射させる金属の質感は精密に構築されていて、ひんやりとして冷たそうだし、指で弾いたらキンと澄んだ音を鳴らしそうだった。スタンドライトやビデオカメラ等々のスタジオセットの金属物たちと並んでいても、その質感になんら違和感はない。目も鼻も口もないのにその金属の人形は、見る人にアイドルヒムロユウのイメージを与えていた。金メタリックの人形が歩き、話し、手を振るが、それは観客たちのクオリアにヒムロユウだと認識させている。金属人形は金属人形であり、金メタリックのボディをびかびか光らせているのだが、それは同時にヒムロユウでもあった。
 トウヒは金メタ人形の胸の部分に鏡のように映る自分の顔が、意外と元気なことに少し驚いた。もっと哀しい表情をしているのだろうと思っていたからだ。彼は表情を引き締めながら質問する。
「落とし穴自体は従来のを使用しているようだけどさ。ここだけは天水訟の元々のものを使用してるみたいなんだけどさ。これだと落ちたらさっきまでみたいに地下の貯水池じゃなくって、他のところに行ったりするんじゃないの?」
「いつもいつもさすがだよねー。でもそれはボクよりもこの塔を設計し、建築したスズキさんのほうがご存じじゃないのかな?」
 トウヒは沈黙していた。金メタ人形は話を続ける。
「六次元の狭間に落ちちゃうんだよねー。でも時間が経てば戻って来られるよ。それも知ってるよね? だから心配しなくても大丈夫。待ってられないんだったら、調停を引き受ける人形で救い出したらいいわけだし」
「ちょっとちょっと。調停を引き受ける人形ってひょっとして六次元移動が可能なの?」
 カバコがびっくりして金メタ人形とトウヒの会話に割り込んできた。トウヒが目でこの話に関わるなと訴えかけるが、秘密を知っている人間が他にも居る場合、その人物の口が堅くなければ秘密を守り続けることはほぼ不可能に近い。
「ここまで辿りついたんだからカバコちゃんにも知る権利はあると思うから話すね。スズキさんは新世紀以前に四次元人になったんだ。みんながまだ三次元人のときにね。そしてみんなが四次元人になったときには五次元人になりました。四次元人の一部の人が、五次元視をある程度できるぐらいにスズキさん一家は六次元視が可能です。手先も器用な家系なので六次元細工だって可能です。スズキさんは好奇心と高次元への探求のために、六次元の塔と六次元の人形をつくりました。それが天水訟と調停を引き受ける人形です」
 金ぴか人形の説明に、カバコは呆然として五次元六次元とうつつのように繰り返すだけである。トウヒは先ほどから黙ったまま、腕を組んで金ぴか人形を睨み続けていた。
「ちょっと俺は腑に落ちないっす。スズキ家のことは雷山小過のひとたちしか知らないはず」ケイジロウが不思議がる。「どうしてそれをユウさんが知っているのか、誰かから聞いたのか、ここでいろいろ調べた結果わかったのか、ジャーナリスト志望者として非常に興味深いし、是非とも教えて欲しいっす」
「このステージを自力で突破したら教えてあげるね。トウヒくんに落とし穴の位置を訊いたりサイン送ってもらったりしたらだめ」金ぴか人形は少々耳障りな機械声を響かせる。「最終ステージはとっても簡単。ここから歩いたり跳んだりして、そこの階段を上がって五階に到達出来ればOK。落とし穴に落ちたら脱落。脱落者に下限も上限もありません」
 三階までのごちゃごちゃした風景からがらりと変わり、四階はがらんとしていた。スタジオはスタジオなのだが、必要最小限のものしか置いておらず、もうここは閉鎖するけど最後に簡単な撮影だけして撤収しようか、という雰囲気である。ものが少ないので、市松模様の各色カラータイルが一面に広がる床が、やけに印象に残る。ましてやそのカラータイルのいくつかが六次元の狭間への落とし穴になっているのなら、なおさらである。ホスト役が指さす方向、トウヒたちが現在居る壁際のちょうど反対側に上りの階段が見えた。
 トウヒがキュウニィの積荷ラックから、吊り荷用ケーブルを引きずり出し始めたのを見たホストが苦言を呈する。
「トウヒくん。さすがにそれはだめ。ボクは歩いたり跳んだりして五階まで登ってねって言いました。自分の十感と自分の足以外で五階に行ったとしてもそれは失格。あとトウヒくんはふたりより先に行っちゃだめ。落とし穴が全部見えているひとが先に歩いたら、その後ろについていけば簡単にクリアできちゃうもん」
「さっきから自分が無茶苦茶言っているのがわかってる? これはもう既にゲームなんかじゃない。単なる弱い者いじめにしか過ぎないよ。だってそうでしょ。次から次へあれしちゃだめ、これしちゃだめの後付けばかり」
 トウヒが怒りを露わにしている。ケイジロウがアニキ落ちついてとなだめるが、トウヒは聞く耳を持たない。
「最初からそう言う趣旨のイベントなの。トウヒくんもそれは覚悟の上だったんじゃないのかい?」金ぴかは挑発的だ。「あとさ。この四階の落とし穴はスズキさんが仕掛けた罠だってこと忘れないでね。六次元視のできないひとを最上階に行かせないようするために、わざわざ手間ひま掛けて設置したんでしょ。だったら六次元視できないひとが落とし穴に落ちて五階に登れなくなるのは、結局のところスズキさんのせいじゃないか」
 確かにそうだった。調停を引き受ける人形は六次元人形だ。四次元人の手に負えるものではない。だからスズキは四階に六次元トラップを仕掛けた。六次元人形を正しく運用できる人間以外は、最上階に辿りつけないようにするためだ。
 カバコがあっという声を漏らした。
「ユウさまは、いま五階に居る。ということはユウさまもトウヒくんやシャコちゃんと同じく五次元人なんだ」
「別に隠すことでもなかったけどそうなんだ。詳しいことは五階まで登ってこれたら話すよ。トウヒくんが言うようにボクはカバコちゃんをいじめてるわけじゃない。ボクは言ったでしょ。ユウユウユウユウテッセラクトを設置するまでが君の任務で、それから先は君は参加者としてゲームに挑戦したらいいよって。場合によってはボクに勝つこともありえるけど、それはそれでゲームなんだからしかたないねとも言った」
「はい。覚えています。だからわたしはここに居る。夢見る少女のカバコちゃんは、トウヒくんと一緒に最上階に登り、ユウさまが狙われてるポジションを奪取して、トウヒくんと永遠のパートナーになりたいと願っています。そしてそれはもうあとわずかなところまで来ました。見えない落とし穴を避けてあと十五、六メートルを進むだけ。六次元については想像もつきませんけど、やり遂げてみせます。それがここまで勝ち残ってきた者に与えられた権利なのですから」
「うん。頑張ってね。ボクもトウヒくんと一緒に調停を引き受ける人形に乗りたいし、それが今回の計画を組んだ理由なんだけど、ゲームに負けたら潔く諦めるよ。だからもしもカバコちゃんがこの罠を突破できたら祝福してあげる」
 カバコはありがとうございますと一礼し、頑張りますと付け加えた。
 金ぴか人形は一件落着とばかりにケイジロウのほうを向く。
「ケイジロウくんはボクがいじめてると思うの?」
「いや思わないっす。ここの仕掛けは条件型の舞だろうと見当つけてるんですけど、ユウさんはゲーム開始前に舞ってますよね?」
「うん。そうだよ」
「だったらいじめじゃなくてこれはゲームだと思います。仕掛けについて嘘さえ言わなければね。まあ、いままで俺が見聞きした段階ではユウさんは嘘は吐いていないし、用意したお題はえげつなかったけれども、ゲームをしようっていう姿勢に関しては、きわめてフェアに取り組んでますんで」
 ケイジロウはトウヒに向かって、アニキを裏切るわけじゃないっすゲームは相互信頼がないと成立しませんユウさんはこの段階ではまだフェアですもし卑怯なことをしたらそんときはそんときでとことん行きましょう、と説得工作をしていた。
 トウヒは金ぴか人形に、もしぼくたちを騙したらただじゃおかないからね、と凄んでみせることで、ホストの言い分を認めることにした。島中に散らばっている平面カニとそれを支援する水天需をどうにかするためには、調停を引き受ける人形が必要である。そのためには、いまのところはヒムロユウの狂言に付き合わねばならなかった。
「トウヒくん、どうもすっきりしないねえ。世の中には妥協ってもんが必要だからね。それが嫌なら勝てばいい。負けたら大人しく妥協する。ねっ」
 トウヒは歯ぎしりしながら、刃の下に心刃の下に心、と耐えるのだった。