進化と次元と禁忌犯しゃ82・6%賭け 【おまけ】

投稿時は文字数の関係で書けなかった後日談です

送信者:スズキトウヒ/送信日:六月二十一日(月)午前十一時十一分/内容:整備マニュアルQ&Aありがとう。すごくまとまってて助かった。あと、よくわかんないのは五次元バイパスして六次元エレメントの処理だけをするときの調整法なんだけど、ややこしそうなんでとうさんたちが帰ってきたときに実演してほしいな。まあ、とりあえずはぼくとシャコのふたりで頭つっつき合わせばなんとかなるかも。それじゃお仕事頑張って。P.S.それにしても雷山小過学園は転校生ラッシュだよ。先日のひとりに加えてさらに今日もふたり来るんだ。賑やかになりそう。

「はい、にいさま。辞書です。ありがとうございました」
 トウヒがメール送信した瞬間を見計らって、シャコが国語辞典をトウヒに手渡した。机のうえに勝手に置いといてくれればいいのにと言うトウヒに対して、それは不義理と言えましょうとシャコが目を細めて口をすぼませて返している。たいして広くもない教室なのだが、ふたりしか居ないとなると否が応でもなく、閑散とした雰囲気をかもしだす。七つしか置かれていない机が五つも空いているのもそれを更に助長させている。
 トリノは本日転入予定の生徒の出迎えや手続き等々忙しくて授業どころではない。ケイジロウがかりだされるのも当然の流れで、手伝おうかとトウヒが声をかけてもトリノからああ大丈夫だから勉強第一でねと丁重に断られるのもお決まりのパターンだ。もともと自習ばかりのカリキュラムなので、これくらい欠席したところでどうと言うことはないのだから、トリノも本気で言っている訳ではなくただ単に手を患わせたくないだけなのであろう。

 自習中の教室の入口が開く。大島紬で和装したカバコが偵察から戻ってきた。
「もう少しだけかかりそうね。待ってるあいだ手持ちぶさただから、新世代の文芸少女カバコちゃんも作文書くわ」
 洋服派だったカバコは偶然着た浴衣がたいそう気に入り、その後は公私問わず和服を着るようになった。もう着こなしも見事なもので、喋りさえしなければ良家のお嬢様に見えるかもしれない。カバコはいそいそと窓際の自分の席に戻り、この時間の自習課題である作文にとりかかろうとして、ふと顔をトウヒとシャコの方に向ける。
「ところでふたりはもう書いたの?」
「いや、ぼくはまだ」トウヒはまったく悪びれずに何書こうか決まらないんだとひょうひょうと言う。
「シャコは終わりました。二十三枚です」
 目の前の四百字詰め原稿用紙を束ねて、そろえて、シャコは誇らしげだ。原稿用紙には、いかに水天需と和解し、共に巣を元通りにしたかの奮戦記がシャコ口調の丁寧な文体で綴られている。シャコが特に力強く訴えていたのは言葉を越えたコミュニケーションの苦労さ、素晴らしさであった。被写体に愛情をこめて撮った写真は見る人が見ればわかるとの信念を抱くシャコは、自身が渾身の想いを込めてマフツノカガミ船上で撮影した水天需の雄の写真を空中投影で雌の水天需に見せたのだが、それがかえって逆効果になってしまったことを作中嘆いている。写真からあふれ出る被写体への愛情を水天需の雌が嫉妬してしまったからだ。それからの試行錯誤の羅列は悲哀に満ちていて正直笑えない。慌てて投影画像をトバコが撮影したものに差し替えたり、雄がまだ雷山小過に居るときの雌とのツーショット写真を探し出したりと絶えない苦労話の記述が続く。最終的に苦しい局面を打開したのは調停を引き受ける人形の乗り込みハッチをオープンしてのトウヒとシャコのディープキスの見せつけだった。これで水天需の雌はどん引きして嫉妬心は水平線の彼方に消え去ったため、起死回生の有効な一打となったのだが、トウヒは恥ずかしい黒歴史として一生涯封印したい心境だった。ところが妹の方はそう言う気がまったくなく、と言うよりは青春の一頁として心に残っているらしい。それが故、作文にまで書きあげてしまうのがシャコのシャコたる由縁だろう。
 さあがんばろうと袖を気にしながら原稿用紙を机のうえに広げたカバコが、三分たたずにスズキ兄妹に話しかける。
「舞組申請ってば結局どうするの?」
「トリ姉はトトシャケに三人増やして名称変更するつもりだって言ってた」
「名前ももう決められておいでです」
「ひょっとして独特のネーミングセンスは健在?」
「もちろん。トリ姉は『今度は苗字の最初の一文字を年齢順に並べただけのシンプル設計よ。ちなみにだぶった苗字はノーカンね』って自慢げに話してたから」
 トウヒのヒントを元にカバコは推理し、答え合わせのつもりでゆっくりと読みあげていく。
「ヒ……ミ、ス、ト?」
 教室に微妙な雰囲気が流れる。
「秘密結社としての転身を試みるのも一興かと」シャコが自虐している。「ダブルミーニングはひみつのストレンジャーズで絶賛大売り出しとか?」
「ストレンジャーって異邦人だっけ?」
「この場合は変態って思われそうだな?」
「それは絶対に嫌よ」カバコが頭を抱える。「もっとましなのないの」
「ではストーカーでもストリッパーでもストッキングでもお好みのをお選びくださいまし」
「それらに比べたら全然ましだけどさ。どれもこれも意味通らなくない?」
「んー。そもそもトトシャケって意味ないしな」
 教室の扉ががらっと開いた。
 嬉しそうなトリノを筆頭に制服姿のユウとスキー服姿のトリノと荷物持ちのケイジロウが登場する。先生不在の代役トリノは、みんな知ってると思うけど転校生のおふたりさんね今日からだからみんな仲良くなろうねと教壇で一席ぶった。
 転入生のあいさつを聞きながら、トウヒもシャコもユウたちと友達になれる確率が何%であるか知るために舞おうとはまったく考えていなかった。確率を知ってからの行動を心がけてきた兄妹にとって、これはちょっとした心境の変化だったかもしれない。       (了)