青方偏移の三宝鳥 -strong bond between brother and sisters- 【第六章】蒼い鳥(9)

「雁兵、来てくれたのか。おう、瑞翔姫もいるのか。ふっ、これで勝つる」
「お兄ちゃん。学園は行政に都合のいいように洗脳する機関だって、あたしいつも言ってるじゃない。わかっちゃいたけど全然聞いてくれてないのはやっぱり哀しいな」
「かごめ遅かったな。知ってるか? バッタの頭はヒーローの存在証明なんだぜ」
「ごめちゃんってばさ。ひょっとして登場するタイミング測ってた?」
「あのねえ。助けに駆けつけた人にそれなの? お兄ちゃんとみっちゃんがあたしのことをどう思ってるのかよくわかったわ。やっぱり教団に入ったことは間違ってなかったよ」
 ちゃんと約束守ったのにだのやはり妹はずっと一緒にいてこそなのかだのとぶつぶつかごめはつぶやいていた。ああ明日の朝は枕カバー洗わなきゃだの洗剤足りるかなあだのあれ手洗い必須だからしんどいのにともこぼしている。
 そのとき上空から舞い降りる褐色の姿がひとつ。みちるめがけて一目散に飛んでくる。
「瑞翔姫っ。元気だった?」みちるの肩にハイイロチュウヒが留まる。「やだ、くすぐったい。わかったってばさ」
 じゃれ合うみちると瑞翔姫を横目で見ながら、かごめは首からぶらさげていた銀の鈴を外してかつるに手渡した。
「状況はある程度理解してる。使うでしょ?」
「いいのか?」
「いいのかもなにもこれ、お兄ちゃんとみっちゃんからのプレゼントじゃない。好きに使っていいわよ」
「ごめんね、ごめちゃん。でもホントに大丈夫なの?」
「ちょっとの間じゃない。大丈夫よ。その間トイレにこもって悶々と延々とお兄ちゃんの妄想してるから」
「ありがとう、かごめ。助かるよ」
「妄想されるのが?」
「いや、鈴を貸してくれたことと、雁兵と瑞翔姫を連れてきてくれたこと」
「最初っから素直に言ってくれればいいのに」かごめはため息をつく。「学園側の施設に預けられてたら、こうはいかなかっただろうけどね。今回はなにせ管理者がつととちゃんじゃない。どうにでもなるわよ。ねえ、お兄ちゃん。ごほうびにおねだりしていい?」
「エロいことと犯罪行為でなければ」
「あたしをどんな目で見てるのよっ」かごめは自分を抑える。「みっちゃんと別居するんでしょ? お父さんと一緒にうちに来て。おかあさんも歓迎してくれると思うから」
 かつるはみちるのほうを見た。みちるは狼狽している。
「さっきも言っただろ? 何回言わせるんだよ。今晩帰ったら、父さん、母さんたちと話しあってみるよ。実際のところ、それが最善の選択肢なのかもとも思うけどな」
「いい返事期待してる」かごめはこの日一番の笑顔を見せるとじゃああたしはせっちゃんと一緒にトイレにこもってくると宣告し、戦場からスキップして離脱していった。
「さてと。今度こそ決着つけようか」
「うん。瑞翔姫と雁兵ちゃんがいれば鳥さん攻撃できるからね」
「ああ、鳥が鳥を攻撃しても罪にならないってのは嬉しいぜ。まあ、さすがに重傷追わせたら後々面倒くさいけどさ。さっきまでのことを思ったら全然まし」
「だよねー。さあ、ヤりますか」
 かつるとみちるは綿密な打ち合わせの後、難攻不落のちとせ要塞の攻略作戦を開始する。手始めは雁兵による光塊の構築だ。防御と燃料を兼ねた作戦の要であり、敵陣でも有効活用されている代物だ。そして雁兵がこしらえた光塊から、かつるがメンバーそれぞれの防御用として八十ミリ厚の光殻鎧カニアーマーを造り出す。長らく雁兵とペアを組んでいたかつるは光角粒からの生成のほとんどを雁兵に依存していたので、自分で造成するのは苦手であった。大きな光殻を造ろうと思えば光塊まで生成したものを必要とするのは道理だが、それをいつまでも他人任せにしているのは本当のところ感心できない。
「瑞翔姫、点火ーーっ」
 みちるの号令と共に光殻鎧をまとった瑞翔姫が射出された。迎撃に出撃したキジバトを一切寄せ付けず、十二のヤマゲラ速射砲もはじき返してまっすぐに飛翔し、目標であるレユニオンドードーの砲台をいとも簡単に打ち砕いた。転げ落ちたレユニオンドードーは完全に戦意を喪失し、お世辞にも迅速とはほど遠い速度で撤退していく。それに気づいたカワラバトがわめき散らして防御陣に残そうと画策するが、レユニオンドードーは我関せずと湖からの脱出を最優先させている。
「これだけを繰り返しやってればさ。俺たち必ず勝てるよな?」
「たぶん勝てるし」みちるはかつるが何を言いたいのかがわかったようだ。「でもこればっかりしてたら面白くないんでしょ? 兄さんってば」
「ああ、なんか卑怯な気がする」
「答えが出てるんならボクに訊かないでよ。どうせボクの意見なんか無視して兄さんは突っ走るんだからさ。訊くだけ意味ないじゃん」
「そうかな? 俺は結構尊重してるつもりだぞ。みちるの意見」
 はいはいわかりましたよと冗談げに返事をするとみちるは第二射を諦め、瑞翔姫に自陣に戻らず敵陣での敵戦力の減少に励むよう呼びかける。オーバーランから戻ってきた瑞翔姫は、もう片方のレユニオンドードー砲台の五メートル近く残っていた砲身を、鋭利な自慢の鷹爪でへし折った。気弱な砲手はそれだけで戦意喪失して逃げていく。
 それを合図に縦横五メートルくらいまで積んだ光塊――というよりは既に光壁ライトウォールとなった防御壁を、雁兵がゆっくりゆっくり敵陣に向かって前進させる。かつるはそれに合わせて歩を進めていたが、みちるは瑞翔姫の援護をすると言って四光珠をきゅるきゅる高速回転させ、細かい氷をまき散らしながら右方へと展開した。
「鶴先輩。形勢は逆転しつつあります。今度は俺のほうから撤退勧告させてもらいますよ。どうですか? 矛を収めては頂けませんかね」
 ずりずり前進する防御壁と歩を合わせながら、かつるは提言する。ヤマゲラ十二門の一斉射撃をまともに受けても、防御壁はわずかに欠けるだけでびくともしない。
「かつる君、早すぎ。戦況を判断するのが早すぎるわ。そんなことじゃ、いい指揮官にはなれないわよ」
「大丈夫ですよ。俺がなりたいのは指揮官じゃなくって最高指揮官なんですから」
 ヒヨドリ急降下爆撃三個小隊とムクドリ雷撃三個小隊がかつるたちを襲う。ムクドリが防御陣背後から一斉攻撃を放ち、その滴型光角粒の到達に合わせてヒヨドリが降下して爆撃を行う連係プレイだ。しかし先ほどはこれにヤマゲラが加わっての攻撃だったので、かつるには手ぬるく感じてしかたがない。雷撃は雁兵が光壁の一部を崩して蹴飛ばしてはじき返し、急降下爆撃は連節光殻の触手にすべて捉えられた。
 第二波をクリアしたとき、防御壁は鈍く大きな金属質のいやらしい音をたてて敵陣の防御陣に激突する。湖面に響きわたる不快な音は敵の戦意喪失に大いに役立つ。何羽かの鳥は我が身の危険性を感じて逃走した。ちとせの部隊には督戦隊が配備されていなかったので、これはある意味しかたがない。
「いくぞ雁兵」
 かつるは十の触手を器用に使って五メートルの防御壁を登坂していくが、羽のある雁兵のほうが頂上への到達は早かった。頂上へ到達した雁兵に残存兵力の一斉射があったが、それらはすべて光殻鎧にはじき飛ばされた。雁兵は不敵な面で笑い、足元の防御壁を片っ端から崩していく。欠片と化した光角柱が壁面を滑り敵陣に降り注ぐ。これが意外に効果があったようで、かつるが頂上に到着した頃には既に大勢は決していた。鶴ちとせのそばにはヤマゲラが二羽、キジバト一羽、カワラバトが四羽しか残っていない。あとは白スズメの放と泛が健在だ。
「鶴先輩、鶴捕る罠に雁です」
「かつる君。それ、ことわざ逆よ。ってわざと言ってるのよね」
「実は結構うろ覚えで」かつるは壁面を降ってちとせの目の前に立つ。「実はあんまり自信がなかったんです。よそで恥をかく前に発覚してよかったです」
 鶴ちとせは既に戦意を喪失してしまったかのように見える。残った取り巻きも放と泛以外は雁兵が追い回すうちにいずこかへ消えてしまった。
「鶴先輩はそこの放と泛に催眠かけられているんですよね?」
「さあ。どうなのかな。最近私は自分のために生きていないような気がしてるの。それがどうしてなのかはわからないし、かつる君の言う催眠状態なのかもしれない」ちとせは目に掛かった黒髪をかきあげた。「私たちは信号が橙だと止まるし、白だと進むでしょ? これって催眠じゃないのかな。名前を呼ばれたら返事をするよね? それも催眠じゃないのかな。自分で考える前にね。反射的に言われたことに反応しちゃうでしょ。そう考えたら今の私は自分で考えて動いているのか、それ以外のものに動かされているのかわからないのよ。ねえ」ちとせが哀願する。「かつる君、私を救ってくれる?」
「俺にどこまでできるかわかりませんが最大限の努力はしたいと思っています。ただ」かつるは遠くを見つめた。「なにぶん俺もまだ世のなかのことがよくわかっていません。だから色々吸収したいです。先輩からも色々教わりたいです。とりあえず催眠かけられたときの解き方は一応覚えてきたんで、それはさせて頂きます」
 かつるがそう言うと、ちとせはゆっくり瞳を閉じて端正な口を突き出した。肩の上の放と泛は相変わらず、かつるをぎろっと睨んでいる。
「あの、先輩。どうしたんですか?」
「古今東西、お姫様の目覚めは王子様のキスと相場が決まっているの」
「違います。この自己奪還鈴で鶴先輩自身を取り戻すんです」
「そうなの?」不愉快そうに、ちとせが目を開けた。「まだまだ発展途上の王子様の今後の成長に期待するわ」
 かつるは苦笑するとゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロと呪文のように唱えてから、かごめから預かった銀の鈴をちりんちりんちりんと鳴らした。